切り絵から老人臭がする素晴らしさ
素晴らしい絵っていうのは匂ってくるもんなんです。
モネの「日傘をさす女」シリーズしかり、ゴッホの「夜のカフェテリア」しかり、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」しかり。
滝平二郎さんの切り出したおじいさんも老人臭プンプン。
息子ににそれが感じられるかどうかは不明だけど、こういう挿絵を見ると、子どもの絵本だからといってホンワカかわいいだけの絵じゃいけないなと思います。
大人の鑑賞にも堪えうるすぐれた挿絵でなければね。
「子どものうちから本物を」なんて言って高いレストランでご飯食べさせたりしているおうちがありますが、絵本もそれと同じことです。
子どもに絵を見る目をつけさせてあげたいのなら、絵本はきちんと選ばねば。
アニメ名作絵本なんか買い与えているようじゃあきまへん。
懐かしい。。。
絵本が大好きだった子供の頃、数多く読んだ絵本の中でも印象深い斉藤隆介さんの本です。
繊細かつ大胆な切り絵のインパクトが今でも心に焼き付いています。
とくにモチモチの木は、教訓に満ちすぎる事なく、自分をだぶらせることのできる主人公の設定も手伝い、繰り返し繰り返し読みました。
3歳の娘にも読んであげたところ、よくわからない部分も多いようですが、切り絵に魅せられているみたいです。
切り絵という手法、先祖の時代の暮らしぶりを感じながらも古びることのないストーリー、大袈裟ですが日本語のわかる人間で良かったと思える本です。
手に取ったことのない方はぜひ一度!
勇気とは?
弱虫豆太が主人公。でも、臆病な人間にも優しさがあれば、勇気はある。それも、自分のことそっちのけで。モチモチの木の幻想的な世界を通して、そのことがよく分かる絵本。この人の切り絵はホントに素晴らしい。内容の良さを際だてている。子どもにじっくり読み聞かせたい本。
「排除したい」と嫌うものにこそ、実は宝が隠れている。
この物語のいいところは、豆太がジサマを助けた後も、相変わらず甘えん坊のままで終わるところだ。 よくある児童絵本ならば、「それ以来、豆太は勇敢な男の子になった」というように、教訓的に終わるかもしれない。しかし、そういう結末は、子供をありのままに受け止める余裕のない大人の「身勝手な希望的結末」だとも言える。真の自立には、依存が不可欠だ。河合隼雄氏がこのことを明快に論じておられるのを見つけた時、胸のすく思いがした。 「自立とは、実は、依存を排除したところにあるのではない。十分な依存の裏打ちがあってこそ、そこから真の自立が生まれ出てくる。 子供を甘やかすと自立しなくなる、と思う人もいるが、確かにこの時、親の方が自立していない場合は、子供の自立を妨げることになる。 親が自立的であり、かつ子供に依存を許すと、子供はそれを十分に味わった後は、勝手に自立する。」 豆太は、ジサマを助けた後も、弱虫で甘えん坊だった。そんな豆太を、ジサマは丸ごと受け止め、信じ、愛した。 だからこそ、豆太は、オトウやジサマのように、たくましく優しい若者に育ったに違いない!と思うのだ。 豆太は、村一番の勇敢な猟師になったかもしれない。 豆太は「本当の自立は依存に裏打ちされている」ということを、自分の体験から知っている。 だからこそ、豆太もまた智慧のある大人に成長したに違いない・・・と思うのだ。 子を育てる智慧とは、そうやって親から子へ、子から孫へ、理屈じゃなく、体験として受け継がれるものではなかったのか。 日野原重明先生は「子育てとは待つことだ」と言っておられた。 私は「信じる」とか「愛する」とかいうこともまた、「待つこと」であるような気がしてならない。 特に昨今、日本で忘れ去られようとしている「子育ての智慧」・・・それは即ち、「愛する」ということの智慧に他ならない。 「モチモチの木」には、実は、それほど大切なことが描かれているのだと思う。
比較的大型の読みやすい本
滝平さんの切り絵が美しい大型の本でとても読みやすく装丁されています。臆病な豆太が勇気を持って夜の道を走ることによってモチモチの木の光を見ることができたというのが主なストーリーです。昔の生活の一端をかいま見ることができるなど、歴史学的な資料価値も高く、近頃では小学校の国語の教科書にも取り上げられています。子供達が目にすることも多い文なのです。心理描写と行動のあり方という点で教育的価値も高いのではないかと思います。豆太のとった行動について親子で話をしながら想像力をふくらませていくのがいいかなと思います。
岩崎書店
花さき山 (ものがたり絵本 20) 八郎 (日本傑作絵本シリーズ) スーホの白い馬―モンゴル民話 (日本傑作絵本シリーズ) ふき (えほん・ハートランド) 手ぶくろを買いに (日本の童話名作選)
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